日本の治安は世界有数の良さを誇る・・・・・誇っていたと過去形が正確なところかもしれない。
自分が死にたいから他人を殺すといった、全く意味不明で不条理なことだったり、児童虐待による殺人など高度成長期にはあまり見られなかった犯罪が大幅に増加している。
それら事件の動機はあまりにも身勝手で常軌を逸していることが多過ぎる。
近頃はクルマがどこから突っ込んでくるか判らないので、おちおち安心して歩道も歩けりゃしない。
車が突っ込んでこなけりゃ、通り魔の無差別殺人犯が現れたり・・・本当に治安は良いのだろうか・・・良かないだろっ。
あえて言うなら、どこそこと比較して良い、程度の話だ。
時はグッと遡って第2次世界大戦前の話である。
1932年というから、今からざっと80年前、昭和初期の話である。
やっとのことで日本にもプロゴルファーが現れ始め、カナダカップでの好成績も手伝ってゴルフがちょっとしたブームになる。
カナダカップの活躍も手伝ってか、何名かのプロがアメリカへ招かれ、全米を回りながら試合に出場したり、エキシビションマッチを行ったりと、一時の平和が感じられる時代のこと。
当然ながら小生などこの世に現れる気配すらない時代の話である。
当時ボビー・ジョーンズは、既にアメリカのゴルフヒーローであった。
そんな時期に日本人3人目となるプロゴルファーの宮本留吉プロがエキシビションとはいえ、ボビー・ジョーンズとマッチプレーで対戦したのである。
ゴルフの歴史をかじったことのある人なら、この先説明しなくともご存知かもしれないが、なんと“2UP”で勝利したのである。
相手はアマとはいえグランドスラムを達成した球聖である。
対戦後のロッカールームで、ちゃめっけたっぷりで「やられたわい」という表情をして5$紙幣を宮本プロに渡したのだとか。
その日の夕食で、招待ははっきり判らないが多分今で言う興行師みたいなものだと思う、ローハーという人の夫人が、宮本プロに向かって、「その5$紙幣にボビー・ジョーンズにサインを頂いたほうが良い」と勧められたそうだ。
その後夕食を終えたボビー・ジョーンズにサインを頂いた、とても有名な5$紙幣がそれなのである。
印象に残ったコメントであるが、当時はアメリカでの食事などのマナーなど判らず、ハーロー夫人に腰を突かれても気が付くことができなく、ボビー・ジョーンズが席まで来たのに立席もせずに応対したことを非常に恐縮していたようだ。
アメリカ国内を「巡礼」した一行は、その後イギリスへ渡ったようである。
詳しいことは「ゴルフとともに50年」という著書に多くの写真入りで紹介されている。
既に絶版本であるが、機会があれば一読することをお薦めする。
宮本留吉プロは1985年に83歳で亡くなっているので、それから既に25年以上が経過しているが、ゴルフの記録というのはいつの時代になって振り返っても新鮮に感じられるから不思議である。
球をガンガン打つのも良いが、時にはゴルフの歴史に触れることでも新たな発見があるかもしれない。
2012年05月24日
宮本留吉とボビー・ジョーンズ
【スポーツの最新記事】
2012年05月23日
左腕の角度
昨日は生憎の雨であったが、遂に東京スカイツリーが開業したようだ。
小生には殆ど関係ないことではあるが、唯一困るとすれば今までスカイツリー近辺の道路を良く通っていたのだが、これから暫くは近寄らない方が賢明であろう。
スカイツリーも忘れるくらい経過してからなら行ってもいいかな程度の興味だ。
ところで、スカイツリーが開業したことで地デジ用アンテナの方向はそのままで大丈夫なのだろうか?
何のアナウンスもないが、そちらの方が気になるところである。
小生の身体の特徴であるが、標準よりも腕が長い。
従って既成品の衣類の多くは一サイズ大きめでないと、格好悪いほど袖が短い。
スーツなどは全てオーダーメイドである。(高価なやつとは違う)
加えて、女性の多いいわゆる「猿腕」という、肘がグルッと回り、反対側へ反る腕のことである。
以前は、この「猿腕」がゴルフの上達を妨げているものだと勘違い、というか言い訳にしていたところもある。
実はまったく関係ないのに、自分の都合が良いように考え、現実から逃げていた。
まぁ、そこは年の功というか年齢を重ねるに従って欲深くなくなってきたのか、自分を冷静に見つめる余裕が出来てきたのか、正しい(と思う)道筋に軌道を修正できてきているように思う。
今回は、その「腕」に関してがテーマだ。
バックスイングのトップ位置というのは、ほんの一瞬で通り過ぎてしまうものである。
だが、プロのスイングビデオでトップ位置を静止画で見せることが多いが、後方からの映像を見ると、多くの選手は左腕の角度が両肩のラインとほぼ平行である。
よくテレビの解説者は、この角度をフラットなトップと表現するが、小生が考えるにこの角度が基本ベースで、最も安定した、見た目もよいトップ位置と捉えている。
このラインを境目に肩のラインよりも腕が高い場合はアップライト、低い状態はフラットだ。
いずれも、あまり好ましい形だとは思えないが、人間それぞれ体系や身体に特徴があるので判断がなかなか難しい。
もしレッスンプロがコーチする場合も対称となるゴルファーの身体的特徴も考慮して教えて欲しいものである。
教科書通りのレッスンならレッスン書を読んだほうが余程マシである。
それでは、左腕の角度が肩のラインと平行なるよう練習する自己流ドリルをご紹介しよう。
クラブを持つ必要はない。
まず、両足は普通にスタンスを取る。
アドレスのセットアップと同じく膝を軽く曲げ、アスレチックな形を取る。
この時点ではまだ上半身は前傾せず、背筋を伸ばして直立である。
次に両手を合わせて左腕を肩のラインと平行になるよう右側へ真っ直ぐに伸ばす。
この時右腕は肘が曲がって地面を指し、無理なく脇が体側に着いた状態にする。
ここから上半身、下半身を右へ回転させ、ちょうどバックスイングをした時と同じ状態にする。
そして、最後に上半身を前傾させるのである。
一度やってみたら、相当きついと感じる筈だ。
しかし、実際のトップ位置は、前記の通りホンの一瞬である。
(トップ位置で一度止めると教える教本も多いが、小生は賛成し兼ねる。)
トップに達した一瞬後には切り返して既にダウンスイングへと移行している。
プロの選手でも時々見かけるが、トップのない選手もいる。
つまり、トップ位置に辿り着く前に下半身はダウンスイングの動作を始めているというものである。
(実は小生の好きなスイングスタイルであるが、自分ではタイミングを取れず真似できそうもない)
話を戻して、前傾した状態がトップ位置と体感できることが目的なので、この位置で長い時間止めてどうこうという意味合いはない。
肩が十分に回転して基本ベースとなるバックスイングのトップ位置を覚える、いいドリルだと自信があるのだが・・・
まぁ、アベレージゴルファーの小生が考えること。
特に目新しい方法だとは思わないし、沢山のレッスン書に同じことは書かれていることだろう。
それでも、どんなに知識として知っていようが明確なテーマを持って練習しなければ、実行できないものである。
すなわち、無駄な練習・・・
ゴルフがなかなか上手くならないと嘆くばかりではなく、もっと目的意識を持った計画的な練習を考えた方がいいのではないだろうか。
それでも、小生など上手くならないから困ったものである。
小生には殆ど関係ないことではあるが、唯一困るとすれば今までスカイツリー近辺の道路を良く通っていたのだが、これから暫くは近寄らない方が賢明であろう。
スカイツリーも忘れるくらい経過してからなら行ってもいいかな程度の興味だ。
ところで、スカイツリーが開業したことで地デジ用アンテナの方向はそのままで大丈夫なのだろうか?
何のアナウンスもないが、そちらの方が気になるところである。
小生の身体の特徴であるが、標準よりも腕が長い。
従って既成品の衣類の多くは一サイズ大きめでないと、格好悪いほど袖が短い。
スーツなどは全てオーダーメイドである。(高価なやつとは違う)
加えて、女性の多いいわゆる「猿腕」という、肘がグルッと回り、反対側へ反る腕のことである。
以前は、この「猿腕」がゴルフの上達を妨げているものだと勘違い、というか言い訳にしていたところもある。
実はまったく関係ないのに、自分の都合が良いように考え、現実から逃げていた。
まぁ、そこは年の功というか年齢を重ねるに従って欲深くなくなってきたのか、自分を冷静に見つめる余裕が出来てきたのか、正しい(と思う)道筋に軌道を修正できてきているように思う。
今回は、その「腕」に関してがテーマだ。
バックスイングのトップ位置というのは、ほんの一瞬で通り過ぎてしまうものである。
だが、プロのスイングビデオでトップ位置を静止画で見せることが多いが、後方からの映像を見ると、多くの選手は左腕の角度が両肩のラインとほぼ平行である。
よくテレビの解説者は、この角度をフラットなトップと表現するが、小生が考えるにこの角度が基本ベースで、最も安定した、見た目もよいトップ位置と捉えている。
このラインを境目に肩のラインよりも腕が高い場合はアップライト、低い状態はフラットだ。
いずれも、あまり好ましい形だとは思えないが、人間それぞれ体系や身体に特徴があるので判断がなかなか難しい。
もしレッスンプロがコーチする場合も対称となるゴルファーの身体的特徴も考慮して教えて欲しいものである。
教科書通りのレッスンならレッスン書を読んだほうが余程マシである。
それでは、左腕の角度が肩のラインと平行なるよう練習する自己流ドリルをご紹介しよう。
クラブを持つ必要はない。
まず、両足は普通にスタンスを取る。
アドレスのセットアップと同じく膝を軽く曲げ、アスレチックな形を取る。
この時点ではまだ上半身は前傾せず、背筋を伸ばして直立である。
次に両手を合わせて左腕を肩のラインと平行になるよう右側へ真っ直ぐに伸ばす。
この時右腕は肘が曲がって地面を指し、無理なく脇が体側に着いた状態にする。
ここから上半身、下半身を右へ回転させ、ちょうどバックスイングをした時と同じ状態にする。
そして、最後に上半身を前傾させるのである。
一度やってみたら、相当きついと感じる筈だ。
しかし、実際のトップ位置は、前記の通りホンの一瞬である。
(トップ位置で一度止めると教える教本も多いが、小生は賛成し兼ねる。)
トップに達した一瞬後には切り返して既にダウンスイングへと移行している。
プロの選手でも時々見かけるが、トップのない選手もいる。
つまり、トップ位置に辿り着く前に下半身はダウンスイングの動作を始めているというものである。
(実は小生の好きなスイングスタイルであるが、自分ではタイミングを取れず真似できそうもない)
話を戻して、前傾した状態がトップ位置と体感できることが目的なので、この位置で長い時間止めてどうこうという意味合いはない。
肩が十分に回転して基本ベースとなるバックスイングのトップ位置を覚える、いいドリルだと自信があるのだが・・・
まぁ、アベレージゴルファーの小生が考えること。
特に目新しい方法だとは思わないし、沢山のレッスン書に同じことは書かれていることだろう。
それでも、どんなに知識として知っていようが明確なテーマを持って練習しなければ、実行できないものである。
すなわち、無駄な練習・・・
ゴルフがなかなか上手くならないと嘆くばかりではなく、もっと目的意識を持った計画的な練習を考えた方がいいのではないだろうか。
それでも、小生など上手くならないから困ったものである。
2012年05月22日
ゴルフを悪くしたのはアメリカ人と日本人??
タイトルの言葉でドキッとするゴルファーがいるかもしれない。
そして、身に憶えがあるゴルファーも。
この言葉はスコットランドの人が発した一言だ。
これは特にアマチュアゴルファーを指しているのだと認識している。
例えば、超難コースとして知られるカーヌスティ・ゴルフリンクスのチャンピオンコース。
全英オープンで「カーヌスティの悲劇」が演じられた有名な「バリーバーン」のある、あのカーヌスティ。
近頃ラフが短く刈られていることに対して、地元のゴルファー達は憤慨しているようだ。
というのも、特にアメリカ人ゴルファーが増え、その中にはレベルに達していないゴルファーも多数。
当然ながらスロープレー・・・というか、トラブルによりプレー進行が遅れてしまう。
対策として、きっとラフを短くしたのだろう。
これが地元のゴルファーのヒンシュクをかったのだと思う。
何せ頑固なスコットランド人である。邪魔な障害物を撤去しただけで激怒する人々だ。
名門ミュアフィールドにおける日本人の常識をはるかに超えた蛮行は以前紹介したので省くが、要はゴルフのエスプリを学ぶ前に球打ちを始めたのが、後発のアメリカであり日本だということか。
しかし、いずれもゴルフを持ち込んだのはイギリス、広く表すならグレートブリテンの人々だ。
それらの人々が大衆化するゴルフに対してエスプリの重要性を広めなかったことにも、少しは責任があると思う。
先週アメリカで行われたLPGAの試合、「サイベース・マッチプレー選手権」準決勝でも出来事・・・
モーガン・プレッセル選手とアサハラ・ムニョス選手の対戦は何とも後味の悪いマッチであった。
皮肉にも緊迫する試合に水を差したのは競技委員であった。
何を考えているのか全く理解できないが、モーガン・プレッセル選手がスロープレーでペナルティを取られたのだ。
当然ながら、そのホールはプレッセル選手も負け。
このことが影響しない筈もなく、2and1でムニョス選手の勝利。
どう考えてもスロープレーのペナルティを課す場面じゃない。
それは誰が見たって明らかである。
ストロークプレーならいざ知らず、マッチプレーで、しかも決勝進出を掛けた大事な場面である。
そんなところで競技委員が出しゃばってペナルティを課すなんてナンセンスなことだ。
更に競技委員の不適切な対応は続く・・・
迎えた決勝戦。アサハラ・ムニョス選手とキャンディ・クン選手の対戦。
これこそ勝負を決める最重要場面での出来事。
ムニョス選手の1UPで迎えた16番ホールはパー3。
クン選手のティーショットはこれ以上ない不運で、ボールが落下したのがスプリンクラーヘッド直接で、ボールは大きくバウンドしてグリーン奥、最悪のラフへ。
ゴルフの神様も少々悪戯が過ぎるのではと思いたくなるような場面であった。
問題はここからである。
クン選手の場所からはグリーン反対側の景色は見えない。
そして、深いラフから放たれたボールはグリーンを通って反対側へと転がったのである。
何とボールが飛んで行った側のグリーンエッジにはカメラマンがズラリと並んでるではないか。
カメラマン達が立っている後方はバンカーである。
そして、ボールはカメラに当たってバンカーに入るのを免れた。
いったい競技委員は何をしていたのだろうか。
選手が打ち出す反対側にカメラマンを立たせているなんて信じられなかった。
テレビでもショット後に始めてその場所にカメラマンがズラリ並んでいるのに気付いた。
しかも最難関のアプローチショットなのだ。
グリーンエッジに人間を立たせていると自体俄かに信じ難い光景であった。
結果、アサハラ・ムニョス選手のUSLPGA初優勝で大会は幕を閉じたが、何とも後味の悪い試合であった。
いろいろな見解はあろうが、今回のことは選手には全く責任はないと考える。
今ではゴルフ先進国(と思っているであろう)のアメリカ、しかもプロの試合にしてこれだ。
スコットランドの人々にとって「酒の肴」になる話となるのではないか。
国内で行われた全米オープン予選会でも一悶着あったようだ。
詳しい状況はわからないが、池田勇太選手のボールがマンホール上に止まってしまった時の処置(これは致し方ないと思うが)と、ショットするときにギャラリーが選手の直ぐそばに近付き過ぎということ。
JGAの言い分ではギャラリーにはお願いするしかないとのことだが、それは違うのではと思う。
競技委員がギャラリーをコントロールするのは当たり前のこと。しかも無料も観戦である。
もしも注意に反論するギャラリーがいたとしたら、そんなギャラリーはつまみ出せばいいだけのこと。
ゴルフの何たるかを知らない奴には選手の近くで観戦する資格などないのである。
ゴルフが大衆化するのは非常に結構なことだが、それに比例してどんどん荒れていくことを懸念して止まない。
そして、身に憶えがあるゴルファーも。
この言葉はスコットランドの人が発した一言だ。
これは特にアマチュアゴルファーを指しているのだと認識している。
例えば、超難コースとして知られるカーヌスティ・ゴルフリンクスのチャンピオンコース。
全英オープンで「カーヌスティの悲劇」が演じられた有名な「バリーバーン」のある、あのカーヌスティ。
近頃ラフが短く刈られていることに対して、地元のゴルファー達は憤慨しているようだ。
というのも、特にアメリカ人ゴルファーが増え、その中にはレベルに達していないゴルファーも多数。
当然ながらスロープレー・・・というか、トラブルによりプレー進行が遅れてしまう。
対策として、きっとラフを短くしたのだろう。
これが地元のゴルファーのヒンシュクをかったのだと思う。
何せ頑固なスコットランド人である。邪魔な障害物を撤去しただけで激怒する人々だ。
名門ミュアフィールドにおける日本人の常識をはるかに超えた蛮行は以前紹介したので省くが、要はゴルフのエスプリを学ぶ前に球打ちを始めたのが、後発のアメリカであり日本だということか。
しかし、いずれもゴルフを持ち込んだのはイギリス、広く表すならグレートブリテンの人々だ。
それらの人々が大衆化するゴルフに対してエスプリの重要性を広めなかったことにも、少しは責任があると思う。
先週アメリカで行われたLPGAの試合、「サイベース・マッチプレー選手権」準決勝でも出来事・・・
モーガン・プレッセル選手とアサハラ・ムニョス選手の対戦は何とも後味の悪いマッチであった。
皮肉にも緊迫する試合に水を差したのは競技委員であった。
何を考えているのか全く理解できないが、モーガン・プレッセル選手がスロープレーでペナルティを取られたのだ。
当然ながら、そのホールはプレッセル選手も負け。
このことが影響しない筈もなく、2and1でムニョス選手の勝利。
どう考えてもスロープレーのペナルティを課す場面じゃない。
それは誰が見たって明らかである。
ストロークプレーならいざ知らず、マッチプレーで、しかも決勝進出を掛けた大事な場面である。
そんなところで競技委員が出しゃばってペナルティを課すなんてナンセンスなことだ。
更に競技委員の不適切な対応は続く・・・
迎えた決勝戦。アサハラ・ムニョス選手とキャンディ・クン選手の対戦。
これこそ勝負を決める最重要場面での出来事。
ムニョス選手の1UPで迎えた16番ホールはパー3。
クン選手のティーショットはこれ以上ない不運で、ボールが落下したのがスプリンクラーヘッド直接で、ボールは大きくバウンドしてグリーン奥、最悪のラフへ。
ゴルフの神様も少々悪戯が過ぎるのではと思いたくなるような場面であった。
問題はここからである。
クン選手の場所からはグリーン反対側の景色は見えない。
そして、深いラフから放たれたボールはグリーンを通って反対側へと転がったのである。
何とボールが飛んで行った側のグリーンエッジにはカメラマンがズラリと並んでるではないか。
カメラマン達が立っている後方はバンカーである。
そして、ボールはカメラに当たってバンカーに入るのを免れた。
いったい競技委員は何をしていたのだろうか。
選手が打ち出す反対側にカメラマンを立たせているなんて信じられなかった。
テレビでもショット後に始めてその場所にカメラマンがズラリ並んでいるのに気付いた。
しかも最難関のアプローチショットなのだ。
グリーンエッジに人間を立たせていると自体俄かに信じ難い光景であった。
結果、アサハラ・ムニョス選手のUSLPGA初優勝で大会は幕を閉じたが、何とも後味の悪い試合であった。
いろいろな見解はあろうが、今回のことは選手には全く責任はないと考える。
今ではゴルフ先進国(と思っているであろう)のアメリカ、しかもプロの試合にしてこれだ。
スコットランドの人々にとって「酒の肴」になる話となるのではないか。
国内で行われた全米オープン予選会でも一悶着あったようだ。
詳しい状況はわからないが、池田勇太選手のボールがマンホール上に止まってしまった時の処置(これは致し方ないと思うが)と、ショットするときにギャラリーが選手の直ぐそばに近付き過ぎということ。
JGAの言い分ではギャラリーにはお願いするしかないとのことだが、それは違うのではと思う。
競技委員がギャラリーをコントロールするのは当たり前のこと。しかも無料も観戦である。
もしも注意に反論するギャラリーがいたとしたら、そんなギャラリーはつまみ出せばいいだけのこと。
ゴルフの何たるかを知らない奴には選手の近くで観戦する資格などないのである。
ゴルフが大衆化するのは非常に結構なことだが、それに比例してどんどん荒れていくことを懸念して止まない。


