2012年01月05日

今年もよろしくお願い致します。

新年明けましておめでとう御座います。
本年も変らずよろしくお願い致します。


さて年頭に当たり、ゴルフの決意表明もしたいところだが、まずは政治社会に対して物申す。

まずは政府である。
本当に腹が立っている。誰が見ても確かな詐欺師集団である。
これに異論がある人は納得できる根拠をお持ちなのだろうか・・・
理由は一言で終る・・・選挙公約、その殆どは既に覆そうとしているではないか。
何の努力も見せずに。ただ役人にやり込められるだけのオヤジ集団である。
会社なら全員解雇だろう。

続いて、反社会的分子、反社会的集団(因みに小生が言う反社会的集団とは“広域指定暴力団”とは異なる)
つまり、素人のゴロツキ達。(迷惑走行車両集団も含む)
こいつら、成年、未成年問わず、法を犯した場合一律10年くらいブタ箱にぶち込めばよいのだ。
日本は犯罪者に対する人権が保護され過ぎである。
一方で犯罪被害者に対する人権保護は最低とも言える。
なぜ、そのような矛盾に政治家、役人が対処しないのか?
そんな奴らに我々の血税が使われているかと思うと、腹の中が煮えくり返る。


とにかく、現在の日本は平穏に暮す国民並びに社会的弱者に対する擁護が余りにもお粗末である。
そして周囲に無関心を装う人間のなんと多いことか。
年明け早々、この一年もまた不安を予感させる要素がいっぱいで、正直恐怖すら感じる。


年明けしょっぱなから、かなり物騒な記事になってしまったがご勘弁願いたい。


それでは、気を取り直してゴルフについて。

まずは、石川遼プロ・・・周囲やマスコミからは散々「昨年未勝利」などと勝手なことを書かれて、何とも可哀相であり、これも腹立たしい。
こんな記事を書く連中はゴルフのことを何も理解していない。
ただのゴルフミーハーである。
リー・ウエストウッドも的を得たことを言っていた。
「彼はゴルフをやり過ぎだ」という一言。これ程強烈な一言、そうはない。

この言葉は小生の心にもズシリと大きな衝撃を与えた。
そして、これが小生の今年一年の課題とする。
具体的にどうなのかは1年通して模索を続けることとする。


今年もつまらない記事を数多く晒すことになると思うが、未熟な人間の戯言と読み流して頂きたい。
posted by ボギーマン at 19:57| 埼玉 雨| Comment(1) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月31日

最後だけは締めます

今年もつまらない記事を一年間読んで頂き、心より感謝の気持ちを表したい。

年の瀬になってから身体の大きなトラブルに見舞われ、この一年「日の出る小国」で起こった度重なる未曾有の災害と、多くの人々に対する試練。
当に激動の一年であった。

せめて最後は希望の持てる年越しを迎えたかったが、残念ながら簿の希望は叶わなかった。
一旦は尿管が外れたと思ったのだが、排尿障害は解消されておらず、尿管を外して半日の間七転八倒の上、尿管装着に逆戻り、そのまま年越しである。


今年のベスト・オブ・ザ・ショットは古河ゴルフリンクス、8番パー3のバンカーショット。
グリーン面の見えない高さのバンカーであるが、サンドウェッジで激スピンを効かせて、ピン30cmにつけた1打である。
これで2年連続ベストショットはバンカーショットとなった。
自分としてはバンカー得意の面目躍如と思う一方、他のショットはダメか・・・という悔しさもある。


今回の病気を機に、自分のゴルフを見つめなおしてみた。

どうもここ暫く、ゴルフに入れ込み過ぎたのではと感じるのである。
何事もそうであるが、前掛かり過ぎると的確な状況判断が出来なくなる。
程よい気合はいいのだが、過度の気合は空回りの原因となる。
そして、自分ではなかなか気が付かないから始末が悪い。

少しゴルフを外から眺めるくらいの余裕が必要だと感じる。

歴史に名を残すゴルファーはプロ、アマ問わずゴルフ以外にも秀でたものがある。
それがゴルフのプレーに良い影響を与えると気付いたような気がする。

来年はゴルフに対してもう少し柔らかく、戯れるように付き合いに変化を与える試みをする。
少々フライングだが、これを来年1年の目標としたい。


来年もゴルフに日々の愚痴にとこの場を借りて発散しようと思う。
全ての人々に幸多い年となることを祈って一年の締めとする。
posted by ボギーマン at 16:40| 埼玉 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月24日

消えた??・・・と思われたかも

最終の記事が12月15日と10日余りも前のこと。
すわっ、消えてたか??と思った方も多いことだろう。
このブログを開いてから、これほど長いブランクは記憶にない。
意外にも消えかかったという表現は満更過剰表現ともいえない事実である。

今振り返ると16日のゴルフは、無茶、無謀、自殺行為、と全ての悪い形容詞が当てはまる最悪のラウンドであった。

1ホールを消化するまでに、コース内で最低3度の「厠」という暴挙に及ぶこと18ホール。
昼食では僅かな蕎麦を流し込むのがやっと・・・
それでもプレーを止めようとしないゴルフ馬鹿である。
それは、もはやゴルフプレーなどと呼べる代物ではない。
ただ棒を振り回して18ホールを耐え忍んだだけのこと。
ゴルフ場にも大変な無礼を振る舞い、肩を落として帰宅するしかなかった。
命がけで・・・


こんな状態で昨日の競技会など出場で来るはずもなく、キャンセルしたのは言うまでもないこと。


詳細の説明は勘弁願うが、排尿障害に加え感染症と冗談じゃなく一時はどうなることかと本気で覚悟した。
これ程七転八倒の苦しい思いは覚えがない程である。
“下”の関係する病気の怖さを思い知らされた一見であった(ある)
医者が言うには、よくもまぁ入院もせずに治療しようとは、かなり無茶な患者と捉えたようである。
快方に向かってはいるが、まだまだ油断できない状況であることには変わりない。

このまま年越しは何としてもイヤである・・・


長文ではないが、ここまで書くのも長時間を要した。
posted by ボギーマン at 10:58| 埼玉 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月15日

師走を迎えて・・・

毎年、この時期になると憂鬱な事がある。
当然ゴルフに関してだが、年頭の目標が視界に入らないほど、遥か彼方へと逃げていってしまった。
逆に、これだからゴルフは止められないのだが。
そして、もう一つ「ベストショット・イヤーズ」である。
今年は不作なとしで、思い出してみても昨年のようにインパクトのあるショットって、ないよなぁ・・・

そして、今年を締めくくる競技会が来週に迫り、ここでベストショットを決めたいなぁ・・・なんて無謀なことを考えているとロクなことはない。

贅沢を言うつもりはない、1度だけでも「ゾーンに入る」を経験してみたいものである。
きっと鳥肌モノなんだろうなぁ・・・・・
とにかく来週に向けて結果はどうあれ、しっかりと準備だけはしておかなければ。

スコアなどどうでもよい、「真のゴルファー」目指すべきである。
まっスコアだけならこれからでもどうにでもなると思っている。しかし「真のゴルファー」となると、長い長い道程になる。
しかも半端な考えで出来るものではない。
アーサー・バルフォアが言う技術面なら何とかクリアできそうであるが、もう一つのほうは一生掛かるかもしれない。

そして、目標は死ぬ前に一度でいいから本場スコットランドの風に当たってみたい。
シビレるキャディを伴ってリンクスを闊歩することが夢である。
posted by ボギーマン at 13:04| 埼玉 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月14日

ゴルフで一人前って??

日本では昔から「一人前」という言葉が多くのジャンルで使われてきた。
大工、左官などに始まり、寿司屋、菓子屋など、ジャンルは様々である。
しかし、その基準が決まっている訳ではない。共通する条件は、小生の低い知能をフル回転させて「一人で技術を含めて総括できる技量を有する」といった程度である。

例えばスポーツ選手にしても「契約金○×円以上」や「〇〇以上の記録を達成できた時、などそれぞれ、暗黙の了解のようにはっきりと言葉に出来ない「基準」があることが確かである。
プロ野球選手は1軍定着で一人前と認めるか、年棒幾ら以上で一人前と捉えるのか、これまた微妙である。


さて、我らがゴルフはと考えた時、一人前の条件は非常に複雑になる。
スクラッチプレーヤーとなって一人前なのか、プロ転向でそうなのか・・・・・
他のスポーツやゲームにないほどゴルファーの捉えかたが困難である。


20世紀初頭の頃、イギリスのある人物が「一人前のゴルフって?」の問いに、何とも痺れる回答をしている。
その人物は「アーサー・バルフォア」というゴルファーである。
ここで、イギリスの歴史に詳しい方なら、何となく「あれっ?」て閃くかもしれません。
その点、イギリスの歴史等といった高等な知識など小生に要求するのが無茶ってもの。
自称ゴルフ狂と信じているのだが、そのゴルフの歴史だって相当怪しい。

ぐだぐだ講釈を並べないで、答えと行こう。
「アーサー・バルフォア」という人物は、20世紀前半の政治家・・・・・ここまで来ると、更に閃きが実像を現わすかもしれない。
イギリスの政治家にして、一国の首相を始め様々な閣僚として二度の大戦の中で手腕を振るった政治家。
そして優秀なゴルファーであり、物書きも超一流という「天はニ物を与えず」なんて基準を遥かに超越した存在である。

アーサー・バルフォアによると、ゴルフで一人前と呼べるのは、二つの条件であると述べている。

1.技術面では、「18ホール中1/3にあたる、6ホールでパーのスコアを出せる腕前」

2.精神面では、「いかなる局面に遭遇しても決して投げ出さないこと」


う〜ん、これは秀逸な言葉である。

例えば、「1」の条件は練習すれば、ゴルフ人生を終えるまでには何とか達成できそうな条件である。
一方「2」の条件の方が厳しい・・・
いかなる局面でもとなると、相当に精神面を鍛えなければ、プロゴルファーだって難しい。
例は良くないが(最初に心からお詫びしておく)、タイガー・ウッズが試合で頻繁に見せる態度(ガッツポーズも含めて)では一人前とはいえないと言うことである。
これはかなりシビアは条件である。


さてアーサー・バルフォアに関してだが、ゴルフの腕前は相当であったようだ。
首相になる前はハンディ9のゴルファーであったが、首相に就任後にハンディ4にまで上達している。
これは並大抵の事ではない。
首相という重責を担いながら、この腕前である。
何でも、夜明けと共にスタートし、室もが始まる前にホールアウトする時や、逆に早朝から執務を開始して、夕刻スタートといった、常人では考えられないタフさも驚きである。

アーサー・バルフォア・・・この名前を聞いただけで怯んでしまいそうだ(それじゃ1人前にはなれないかぁ・・・)
posted by ボギーマン at 15:05| 埼玉 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月13日

間違っていたかなぁ・・・

今日(昨日)は「小春日和」の一日であった。
この「小春日和」という言葉は、この時期に使われる季節感を表す言葉なのだそうだ。
従って、年を越してからの麗らかな気候は「“小春”日和」と語るのは間違いとのこと。
文才のない小生にとって、このまま知らなければ恥を晒すところだった。


さて、ゴルフスイングについてだが、自分自身で今迄間違っていたのではと思わせる問題が発生した。
これはかなりショックなもので、ゴルフがガラッと変る可能性を秘めている。

それは左手(手首)のインパクトゾーンにおける動きだ。
これまではスピネーションで左手甲は若干目標方向を指していたように思う。
そのため、必要以上に高い弾道のボールが出る要因だったのではと考える。

原因として考えられることは、左サイドの粘りと右手の使い方ではと思う。
今度の練習で検証しなければいけない。
競技会まで10日となった今、あまり冒険はしたくないのだが、誤りをそのままにしておくことは出来ない。
慎重に吟味しなければいけない。
とりあえず、症状の診断が先決である。


もう一つ、最近少々気になっていることがある。
それは、普段通り腕時計を着用していて、かなりユルユルで、もうグルグル回る状態である。
疑問に思ったので風呂上りにヘルスメーターの乗ってみて・・・そりゃたまげた!!!
体重が10kg近くも減っていたのである。
何だか、最近ズボンも緩くなってきた自覚症状はあった。
しかし、これほどの変化は驚きである。
確か先月3週目くらいにゴルフ場のヘルスメーターに乗ったときは94.5kgであった。
これは何度か計りなおしたので大きな誤差はないと思われる。

体重が絞れてきたのは嬉しいのだが、急激な変化は身体に負担が掛かるだろう。

あえて要因を考えてみたが、ヘ〇シ〇緑茶を毎日1本ずつ飲み始めたくらいで、特にトレーニングなどはしていない。
緑茶だって厳密に毎日飲んでいる訳でもないので、何とも不自然と言わざるを得ない。
posted by ボギーマン at 01:47| 埼玉 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月11日

愉しむゴルフと戦うゴルフ

先日雨の高速道路で高級車(フェラーリなど数台)が事故を起こしたニュースがあった。
それを聞いて思ったのだが、現在はどんなスーパーカーでも市販のクルマなら女性でも、初心者でも運転できるのだから恐ろしい。
これぞまさに「走る凶器」である。

現在のような電子制御が発達していない時代は、フェラーリなど高性能車は一般人には運転できないものであった。
運転どころか、エンジンを始動することすら「練習」が必要だったのだから。
それに、季節毎にキャブレターの調整を必要とし、そのままにしておくと全く性能が出せなかった。
すなわち、クルマのことを熟知していないと「宝の持ち腐れ」であった。

例えば・・・エンジンを始動する時・・・まずキーを“ON”の位置にして燃料ポンプを始動する。
(ミッドシップレイアウトのクルマで)燃料ポンプが“チッ チッ チッ”の背中で音が聞こえる。
その“音”の感覚が長くなったらキャブレターに燃料が来た状態で、そこでやっとキーでエンジンを始動。
ただし、現在の様にすぐには火は入らない。
(ここでミスすると、もうその日はクルマを動かすのは諦めなければいけないことも)
しっかりエンジンに火が入ったところで、エンジン始動・・・キーから手を離してOK・・・かなり大雑把に解説しても、この程度の文章になる。

そんなことから、以前(キャブレター全盛時の頃)は高性能車を所有する人はそれなりに車の知識を持ち、さらに運転技術に関しても相当な腕前のドライバーであった。
ポルシェ911など、下手なドライバーが運転すると、いいとこオーバーヒート、RRレイアウト特有の挙動を見せるポルシェを乗りこなすのは半端でなかった。
だから多くのポルシェ911は事故が多かった。


なんか、余計な話題にスペースを割いてしまったが、今回のテーマは「愉しむゴルフと戦うゴルフ」である。

まずは「愉しむゴルフ」から・・・
普段プライベートでラウンドする時は、同じパーティでも仲間それぞれの愉しみ方がある。
あくまでも「スコア」に拘る仲間、ひたすら飛距離を求める仲間、小技で勝負の仲間など、自分を含めて4名のパーティーでもそれぞれ愉しみ方が違う。

小生の場合はある程度「競技」を意識し、練習ラウンド的な捉え方をすることが多い。
そのため、フェアウェイキープとショートゲームに重きを置くことにしている。
コンペで「ドラコンホール」に来ても以前ほど意識しなくなった。(それでも運良くゲット出来る事もある)

周りには宣言しないが、故意にバンカーを狙うこともある。
何種類かのバンカーショットを試みる練習とする。
まっ「ゴルフは飛距離だけじゃない」の典型だ。


一方、「闘うゴルフ」とは競技ゴルフのことだが、基本的に競技ゴルフといってもハンディキャップに関係なくスクラッチプレーで争う。
特に年齢制限のない競技ゴルフでは、ドライバーの飛距離なんて場合によっては50ヤード以上置かれていく事も珍しくないので、ハナから争う気持ちが起こらない。
じゃ、どうするか・・・それはショートゲームだよ・・・150ヤード以内のショット、アプローチショット、パッティング、これで割り切って戦うことが出来る。
(相手は飛距離だけでなく小技も上手いゴルファーは多いのだが)

あとはパー3をどうやって手堅くパーセーブするか。
手堅くといっても、あくまで攻撃的には攻めるのだが、大怪我にならないようには考えた攻め方をする。
そして、「戦うゴルフ」で「愉しむゴルフ」と最も違うところは、スコアに拘ることである。
競技なのだから当然のことである。
だからといって、無茶をするわけでなし、マイペースでスコアをまとめていくことを考える。
競技ゴルフこそ、マッチプレーでもなければ、自分との戦いそのものである。
同伴競技のスコアは決して気にしてはいけない。

来週は今年最後の競技会が控えている。
そろそろ本格的に準備を進めなければいけない。
コースは以前もラウンドしたことがあるので、まぁまぁポイントは抑えているつもりではある。

結論は「な〜んだ」って感じになるが、競技もプライベートも愉しいことにはかわりはない。
posted by ボギーマン at 18:02| 埼玉 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月10日

驚愕の事実を体験せよ

毎度同じ言葉でうんざりかと承知しているが、やはり今日も寒い一日だ。
そろそろ年末掃除や年賀状を書く時期になった。
近頃は年賀状も自分で印刷するケースが多く、年賀状を頂くのは嬉しいが、正直気持ちは半分しか伝わらない。
従って、小生は必ず手書きすることにしている・・・と、まぁ今年も最後まで頑固オヤジ振りである。
今年も筋道が通っていないことが許せず、全く面識のない他人と何度もトラブルがあった。
しかし何てことはない。
こちらの筋が通っているのだから、相手だって無茶は出来ないことを知っている。
精々出来ることといったら、大声張り上げて脅すくらいのもの。そんなことに怯むはずがない。
それにしても、自分に非のあることが知りながら、へ理屈な並び立てる相手に何ら恐れることはない。

と物騒な話しをしてもしょうがない。


これまで事ある毎にハーフスイングの重要性を説いてきたが、ここで更に追い討ちをかけたいと思う。
これも天候と同様うんざりするかもしれないが、“またか・・・”と思ったらパスして欲しい。
だが、読んで頂いた「真のゴルファー」を目指す方々の、僅かばかりだが希望が伝われば幸いである。


これは既に承知していることだが、練習場でハーフスイングばかりしていたら、多少恥かしい思いをするかもしれない。
しかし、笑っていた相手がハーススイングから放たれるボールを見て愕然とするかもしれない。
ただし、これはある程度のハーフスイングを習得するという条件つきであるのだが。

再々度申し上げるが「ハーフスイングで“活きたボール”を打てなければフルスイングでナイスショットできるはずがない」。
また、「フルスイングはハーフスイングの延長であり、それ以上でもそれ以下でもない」
要はゴルフにファッションから入るか、R&A公式ルールブックの「第1章」から入るかの違いである。


ゴルフのスイングを学ぶ事の近道となるのが「ハーフスイング」である。
何を学ぶのか? それはゴルフにおいて最も基本的なこと。
あの「忌々しい」クラブという捻くれた形の道具を如何に使ってコースを攻略するか。
それら一つの答が「ハーフスイング」だと小生は信念をもっている。
「その割には、全然上達しねぇじゃねぇか」と言われるかもしれないが、ゴルフはスイングが全てではないってことだ。
一つ断っておくが、ハーフスイングだけでレギュラーティーからのプレーなら、18ホールを100ストローク未満で楽にラウンド出来ると信じる。


それでは、具体的なハーフスイングのドリルは・・・これも今迄何度も何度も紹介してきた。
今更同じことを繰り返すつもりなど、サラサラない。

ただ、その効果は記しておく。
何年もゴルフを続けてきた御仁に免じて、本来なら9番アイアンでといいたいところだが、3番か4番のUTがあれば、それで結構、アイアンなら4番、ウッドなら5番ウッド、それらをワングリップ短く握れば良いと思う。

ハーフスイングで習得できること・・・

その1.ボール芯で捉えた時の感触を知ることが出来る。

その2.ハーフスイングだが、本人も驚く程の飛距離が出る。(周囲はコレを目にして驚く)

その3.フックやスライスを打つメカニズムが理解できる。

その4.高い弾道、低い弾道を打つメカニズムが理解できる。

即ち、スイングメカニズムの基本を殆ど理解できる。
ポイントだけを幾つか挙げておこう。

左腕は曲げてはいけない。
左手首は腕と水平に保ち、ボールを打ち終わるまで決して甲側へ折れてはならない。
ダウンスイングは腰の回転で常に下半身が先行すること。
クラブヘッドの動きは“開いて閉じる”動作で。

以上、何年、何十年も苦悩を続けるご同輩の役に立てれば、これ以上の喜びはない。
posted by ボギーマン at 18:57| 埼玉 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

明確は違いは得られず

昨日の朝は雪がちらつき、どうなることかと思ったが、午後には天気が回復してきた。
しかし、(当たり前のことだが)寒さは変らず、更に追い討ちを掛けるように、突如としてクルマのバッテリーが上がってしまい、JAFのお世話になることに・・・
クルマのバッテリーは事なきを得て、一先ず安心した。


さて、先日から「猿手」のことを取り上げているが、今夜(昨夜)も検証つ続けてみた。
7番アイアンで試してみたのだが、どうも明確な違いは認められない。
だが「モダンゴルフ」によると、猿手の状態でアドレスするのが正しいと教示している。
確かに猿手で構えたほうが脇はより締まる感覚はある。
あまり、深く考えることはないのかもしれない。
継続調査ということにしよう。


猿手はそんな状況の中、やはりインパクトゾーンにおける左右の手(首)の動きがショットに大きく影響することである。(そんなことは当たり前かぁ・・・)

特に右手首である。インパクトゾーンでは右手首はスナップを効かせてボールを叩きに行くのだが、タイミングがズレると“恐怖の”フックボールがでてしまう。
インパクトゾーンで何かを細工するなど、不可能である。
どうも、上半身と下半身の回転差に秘密がありそうだ。
そうなると、ダウンスイングの始動が問題になる。

スイングの基本では、上半身の回転を下半身の回転を追い越すことはない。
練習場で周囲のゴルファーのスイングを見ていると、殆どがダウンスイングの始動が上半身からというのが圧倒的に多い。(つまりアベレージゴルファーが多いということ)


こんな時は悩まずに「ハーフスイング」ドリルに戻るのが最適な判断であろう。
あまり深くは考えないことにしたい。
posted by ボギーマン at 04:38| 埼玉 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月08日

行き着くところは・・・

ゴルフハイシーズン「秋の陣」は終わった。
皆さんはゴルフを楽しむことが出来ただろうか?
中には、「行きはよいよい帰りは怖い」で、スタート前は気合十分で、18ホールが終わればガックリ肩を落とすことは、別段珍しいことではない。
多くのゴルファーは普通、各ホールの「パー3」「パー4」といった数字を意識してプレーする。
それ自体には何ら問題はない。

問題なのは「パー3」・・・などの数字は誰を基準に定められているのかが問題である。
少なくとも我らアベレージゴルファー向けでない事だけは確かだ。
ここまで書いたらもうお気付きであろう。
上記「パー3」などの数字が対象となるのは、スクラッチプレーヤー(つまりハンディがゼロのゴルファー)やプロが対象の数字である。

だがゴルフには全てのゴルファーがプレーを楽しめるよう「ハンディキャップ」というものがある。
例えば「ハンディ20」のゴルファーが居たとする。
このようなゴルファーにとって「パー3」などという数字は全く意味を成さない。
ハンディ20ということは、ハーフ9ホールで10打のハンディがあるってこと。
即ち、一般的な18ホール、パー72のコースでは、ハーフ9ホールが「46ストローク」でパープレーなのである。

このことを判っていないゴルファーの何と多いことか。
アベレージゴルファーが「パー72」を基本に考えながらプレーしているとすれば、大変な間違いを犯しているのだと認識すべきだ。
ティーインググラウンドにある看板の数字には用なしということである。

少々厳しい表現ではあるが、以上のことを認識しないでゴルフをプレーするということは、永遠に満足感が得られないということなのだ。
自分のハンディを念頭においてプレーしてみればよく理解できる筈だ。
そして、今までは苦悩に満ちたゴルフであったものが、清々しい気持ちでゴルフ場を後にすることだろう。

ちなみに小生、現在のハンディ(オフィシャル)は「15.2」、つまりハーフ9ホールで7.6打の「貯金」があるわけだ。
従って、パー3以外のホールは全てボギー、または平均でボギーならば、普通2ホールあるパー3は片方がパーで、もう片方がボギーとしても、何とか帳尻があう。
つまり、ハーフ9ホールを大凡44ストロークでプレーすれば「パープレー」となる。

この様に考えると、44ストロークなら少しばかり頑張れば達成できそうな数字ではないか。
もしも、これ以上のストロークを連続して続けるようなら、便利なものでハンディキャップを自動的に増やして頂けるのである。

逆にハンディを減らすには、欲張ることなくハンディを「1」ずつ減らす努力をすることだ。
ハンディ査定のためのスコアを最大で(2年間で上位10ラウンドのスコア)提出していれば、一度に何打もハンディが変動することはない。(良くも悪くも突拍子もないスコアが出ない限り)

如何だろうか?
ここまで読んできて少しは肩の荷が下りたのではないか?
そうであれば幸いである。
是非次のラウンドで実践してみて欲しい。意外な結果が待ち受けているかもしれませんゾ。
もしそうであれば、ゴルフにおけるメンタル面の重要性がお解かり頂けると思う。


さて「迷えるゴルファー」の一員である小生だが、昨夜就寝前に何気なく「モダンゴルフ」で最初にベン・ホーガンが語っているところを読んでいて、ふと考えたのだが、ゴルフスイングについて自分なりに試行錯誤を繰り返し、徐々にスイングのことが判ってきた。(ほんの数%だろうが)
そして気が付いたことは、「モダンゴルフ」の内容に回帰しているということ。

別にスイング全般において、「モダンゴルフ」の内容が自分にとって全てとは思わないが、
基本ベースの考え方については、無意識のうちに「モダンゴルフ」に記されたとおりになっていてギョッとした。

この中でホーガンも説いているが、他人の良いと思う点を自分も試してみて、自分に合うものは取り入れ、そうでないものは忘れるということを繰り返したとのことだ。

そして、こうも言っている。
「ゴルフは突然上達することは決してないが、毎日少しずつ練習を重ねるなら、アベレージゴルファーでも80を切るスコアが可能である」という意味合いの文だ。
これは我らアベレージゴルファーにとって何とも心強い言葉である。

人生が終焉を迎えるまでにゴルフのことをどれ程理解できるか見当もつかないが、ゴールが見えないからゴルフは死ぬまで愉しめるのだろうと思う。
posted by ボギーマン at 10:20| 埼玉 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする